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心技体について。

 こんにちは、皆さん。今日は、「 心技体 」について、綴ってみようかなと思います。

 私の世代というのは、まぁ生まれが昭和30年代ですから、戦後10年~20年位の生い立ちなんですね。この頃というのは、戦争に負けてから10年~20年しか経っていないのですが、戦争の面影とかは全くありませんでしたね。

 とは言うものの、生まれたのが昭和30年代ですから、その当時はまだ小学生前の次期ですから、覚えている筈もありません(笑)。そうですね、記憶にあるのは、やはり小学3年生位からですかね?。
 

 その頃は、昭和40年以降ですから、戦争の面影がないのは当たり前なんですよね。「東京オリンピック」が、昭和39年ですから当然ですね。

 実は、その当時、私が住んでいる地域では、小学校の前に大きな「野球のグラウンド」があったんですね。そこで、小学生の野球大会とかが、行われていたんです。

 

「野球」との出会い。

 私の父親は、土木関係の仕事をしていたので、結構引っ越しとかが頻繁にあったんです。

 ですから、私の生まれは実は、「北海道」なんです。それから、「愛知県」~「岐阜県」~「野球との出会いの地域」~「今の住まい」と、引っ越しをしています。

 地域を伏せているのは、やはり思い出は「ロマン」の中にある方が、書きやすいので。m(_ _)m
 

 そして、その地域に、私が尊敬して止まない、「素晴らしい少年野球の監督さん」が居られたんですね。その方の名前は伏せておきますが、兎に角、素晴らしい方なんです。

 今思っても、あれだけ熱心に「野球」を通じて、「 心技体 」を教えてくれた人は、少ないでしょうね。しかも、何十人何百人の小学生が、同じ恩恵を受けていたのですから。

 それが、私が所属していた野球チームの、「監督さん」なんです(既に、ご逝去されています)。多分、私の父親より、素晴らしい方だと思います(汗)。
 

 その監督さんには、息子さんが居られて、私と同級生で同じクラスだったんです。しかも、その息子さんというのが、滅茶苦茶「運動能力」があって、凄い「男前」だったんですね(笑)。

 その野球チームの、「主力ピッチャー」をしていました。まぁそうですね、「漫画」や「ドラマ」にもない程の、「理想的」なヒーローだったんですね。 

 私も、そのチームでは、「ピッチャー」や「サード」をさせて貰っていたのですが、この息子さんには、絶対に勝てないなと思っていた、思い出があります(笑)。

 野球チームとしては、結構強かったと思います。県の大会(軟式野球)で、準優勝したくらいですから(Good)。
 

 

「野球」だけではなく、イベントが凄い。

 というのは、野球だけではなく、色々なイベントを行っていました。m(_ _)m

 まぁそうですね、今時で言うと、「○○軍団」というところでしょうか!(笑)。
 

 「春夏秋冬」のイベントや小旅行。正月の餅つき大会。「超達筆な墨と筆による」、印刷ではない、オリジナルの手書きによる年賀状は、「絶賛」に値する「宝」です。

 本当に、年賀状の意味も分からない「少年」には、勿体ないというか、有難いだけでした。

 しかも、会費とかは、一切無かったと思います。母親に聞きましたが、会費は無かったと言っていました。どういう経済状況かは分かりませんが、多分、監督さんの自腹だったのかも知れません。m(_ _)m

 色んな所に、連れて行って貰いましたね。つまり、色んな体験が出来ました。もし、この野球チームに入っていなければ、今のこのブログもないと思います(パワー)。
 

 

重要なのは、「ファイト」なんです。

 そしてそれからは、「~ 中学生 ~ 高校生」まで、野球をしていましたね。高校二年まで、野球(硬式)をしていました。

 その後は、「草野球」とか、「草テニス」とかをしていましたね。ですから、二十歳迄は、ずーっとスポーツをしていましたね。

 そして、私にとって、最も重要だったのは、小学生の頃に体験した「ファイト」だったんです。それが、今私が手掛けている「ブログ」の、「礎」になっています。m(_ _)m
 

 社会に入ってからは、「人生」を教えてくれた、恩人も居られました。「努力」とか、「根性」とか、「パワー」とか、「優しさ」とかを、教えて貰いました。m(_ _)m

 しかし、私が「今」伝えたいのは、「ファイト」なんです。「努力」や「根性」も、限りなく重要なんですが、先ずは、何かをしようとする、「最初の第一歩」なんです。

 私的には、この「最初の第一歩」が、一番ハードルが高かったりします(汗)。ですから、先ずは、気楽に行きましょう。「Take it easy !」ですよ。

 寒い時は、「良いコート」を、一枚着ましょう。( ^^) _旦~~
 

  

常に、先人の「生き様」が教科書です。

 基本的に、最も重要なことは、「学校の授業」であり、「先生の教え」であるということは、過去から未来永劫まで、永遠に不滅だと思います。

 しかし、学校というのは、社会の頂点を教えてくれるのではなく、飽くまでも、「人として」社会生活で困らないように、「標準」や「常識」を教えてくれる「恩師」だと思います。

 ですから頂点は、日常生活において、自分で探さなければ行けないと思います。それが、「地域の義理人情」だと思います。
 

 勿論、良い事ばかりではありません。辛い現実もあると思います。というより、後者の方が、多い事もあるかも知れません(汗)。

 しかし、何かに迷った時でも、全てはゼロではありません。現実だけが、「世間」ではありません。「映画」や「ドラマ」や「ドキュメント」もあります。

 そして、そのコンテンツに、助けられるという事もあります。m(_ _)m
 

 それともう一つ、私が思っている事があります。それは、「現実」だけが、現実ではないということです。

 例えば、「ピラミッド」に行かなくても、「写真と知識」だけで、「ピラミッド」を知ることができます。その違いは、あるかも知れませんが、別の発見もあるかも知れません。

 例えば、アインシュタインは、実験によって「相対性理論」を確立した分けではありません。頭の中の、シミュレーションとして、確立して発表した分けです。

 そして、後の実験によって、それが正しいという事が、立証されています。
 

 ですから、私なりに思うことは、「想像(イメージ)」するということも、立派な「現実」に成りえる事もある、ということです。
 

 

「腐っても鯛」ですね。

 そうですね、私が一番好きな「諺」なんです。まぁ、直接的には、まだ「鰯」には負けてないですよ、という意味もあるかも知れません(笑)。

 しかし、重要なことは、他人との比較ではなく、自分は最後まで「鯛」だという、「心技体」だと思うのです。
 

 またそれと、同じような意味なんですが、この上なく好きな諺が、「武士は食わねど高楊枝」とか、「鷹は飢えても穂は摘まず」ですね。

 この凛とした生き方には、只ひたすら「憧れますね」。自分では、中々出来ないですから。何かの選択肢に迷ったら、こうありたいと思います。
 

 話は変りますが、「発酵食品」とかは好きですね。健康に良いですから。食べないのは、勿体ない(笑)。
 

 

私における、心技体とは。

 まぁ、自分が「心技体」の、そうであるということではなく、そうありたいという「希望」ですね。つまり、自分に出来ないからこそ、それが「目標」になります。

 まぁ、この辺りの「名言や格言」、昔の「剣豪」とかの生き方に関しては、「枚挙に暇がありません」。私自身は、「武士道」とかが好きなんです。
 

 しかし、私が今も「心」に残ってる名言は、実は「柔」なんです。「柔よく剛を制す」の柔です。そして、その精神ですよね。

 「柔とは、人に対するものではなく、自分を磨くためのものである。」ということです。

 これは、流石に感動しますね。そして、少し「ソフトウェア」にも、似ていますよ(笑)。ですから先ずは、アイデンティティを、信じましょう。
 

 

まとめ。

 今回は、私の「独断と偏見と経験則」を、実直に語ってみました。気に障る方々も、居られたと思いますが、ご容赦願います。m(_ _)m

 それでは、この辺でごきげんよう。
 

 

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